沿革
1907年 (明治40年) 4月


 福岡県久留米市通町に創業
1962年 (昭和37年) 5月


 (有)井上時計店 設立
1964年 (昭和39年) 12月


 福岡市博多区中洲に開業


トップページ看板写真の説明
井上時計店看板 創業当時よりあると思いますが、はっきりは分かりません。
だいぶ傷みがきており、こういうものを補修できる所をご存知の方は教えてください。
精工舎・特約販賣店 精工舎時計・特約販賣店
1927年9月(昭和2年)に、関東大震災(1923年)で焼失した精工舎の復興のためのプロモーションで特約販売店に贈られた看板です。精工舎の復興は1930年(昭和5年)に行われました。
看板左下の写真は、震災〜復興までの仮工場内の模様です.
精工舎工場全景 精工舎工場全景
関東大震災(1923年)で焼失した工場が、1930年に復興した時の工場全景です.

 

マップ
当店の詳しい場所は、こちらから

〒810−0801                  
福岡市博多区中洲5−5−10   
TEL/FAX 092-291-1010
URL http://www.inoue-jp.net/
  e-mail  info@inoue-jp.net        

 


社長の姿
六番山笠 櫛田入り
2005年7月12日 追い山馴らし
 六番山笠中洲流 櫛田入り

取締として、台上がりをさせて頂きました。
左肩 三人の向かって左側
ちなみに台上がり三人は同級生で町内が違いますが、
それぞれ取締になり、巡り合わせで一緒に上がることが出来ました。
一番山笠 中洲流 櫛田入り前
クリック↑
2003年7月15日 追い山
 一番山笠中洲流 櫛田入り

一番山笠中洲流当番町として、櫛田入りの台上がりを
させて頂きました。
見送り(山笠の後ろ側)の、三人の向かって右側です。
櫛田入り午前4時59分の数分前、緊張する前のワンショット。
大太鼓の合図を待ち、鳴るとともに舁き出し、清道旗を廻り、
博多祝い唄を唄い、そして博多の街へ。ほんの2分足らず、
すごい緊張感です。

清道内の一番山のみが唄う博多祝い唄の場面。
この後ろ側(見送り)に台上がりしています。
クリック写真 一番山笠櫛田入り
四番山笠 中洲流 櫛田入り
クリック
2000年7月15日
 四番山笠中洲流 櫛田入り

1241年博多・承天寺の開祖聖一国師が疫病封じのため、
人々がかつぐ施餓鬼棚に乗って祈祷水をまいたことが始まり
とされる山笠の追山・櫛田入の写真です。

私は、表左肩、鼻取です。
(向かって左側端の棒の先についている縄をにぎっております。
 山笠のハンドル役です。)
山のぼせの一人としてがんばっております。
一番山笠 中洲流 櫛田入り
クリック
1996年7月15日  
 一番山笠 中洲流 櫛田入り
 
 上と同じように 表左肩 鼻取です。

 数年、鼻取をさせて頂き、至極 栄誉なことです。

 博多祗園山笠 中洲流 50年の歴史を網羅した 
『記念誌&ビデオ』を発売しております。
 お申し込みは、中洲町連合会・中洲観光協会HPへ 

 

 

ホームページをご覧頂いた方に特典です。


HOME